加齢に華麗に立ち向かうオヤジ、FLUOROがここに参上だわ!
愛知県のブラック企業で18年、荒波に揉まれ続けてきた俺が、今日は「白髪混じりのお友達」のみんなに、ちょっと真面目で、でもどうしても伝えておきたい話をさせてもらうて。
今回のテーマは「ブラック企業」。それもただのブラックじゃない。「昭和」と「令和」の違いについてだわ。 最近、若い子から「昔は良かったですよね」なんて言われることもあるけど、俺たちおじさん世代からすりゃ「昔は昔で地獄だったわ!」って言い返したくなるよな?でも逆に、今の若い子が苦しんでる「静かな地獄」には、俺たちが気づいてやれんこともある。
今日は、俺の18年のブラック企業サバイバル経験と、独自のリサーチ(という名のネットサーフィンと人間観察)を元に、この根深い問題を掘り下げていくでよ。文字数たっぷりで解説するから、コーヒーでも飲みながらゆっくり読んでちょーだい。ブラックコーヒーだけに……なんてな!(寒っ!)
昭和と令和のブラック企業の違いとは?時代で変わる「闇」の正体

「昔の会社はブラックだったけど、今よりマシだった」
「今の若者は甘えているだけ」
給湯室や喫煙所で、こんな会話を耳にすることはないかな?
確かに、俺たちが若手だった昭和(正確には平成初期も含めて)の会社には、長時間労働、怒号飛び交うパワハラ、理不尽な根性論が、オフィスの空気のように当たり前に存在しとった。
灰皿が飛んでくるなんて都市伝説じゃなく、マジであったもんな。俺も若い頃、上司の「将軍(と俺が勝手に呼んでる)」から、企画書と一緒にバインダーを投げつけられたことがあるわ。あの時のスナップ、中日ドラゴンズの投手陣よりキレがあったて……。
一方で、令和の時代になり「働き方改革」「ハラスメント対策」「ワークライフバランス」という言葉が浸透し、表向きはずいぶんクリーンになったように見える。オフィスは禁煙、パワハラ防止のポスター、PCはログ管理。
──しかし、本当にクリーンになったんか?
実は今、「令和型ブラック企業」と呼ばれる存在が静かに、だが確実に増えとるんだわ。
しかもその多くは、昭和のブラック企業よりも気づきにくく、一度捕まると「自分自身」を壊されるまで逃げづらいのが特徴だて。
この記事では、昭和の企業と令和のブラック企業の「考え方」や「支配の構造」の違いを整理しながら、なぜ現代の職場がこれほどまでに人を追い詰めるのか、その深層心理まで掘り下げていくでね。
これでいいんだて!まずは敵を知ることから始めようまい!
昭和の企業はなぜ「ブラックでも成立していた」のか?その背景

まずは、俺たちの記憶にある「昭和型企業」の特徴から見ていこうか。
今のコンプライアンス感覚で見ると「完全にアウト」「即通報レベル」な働き方でも、当時はそれなりに社会システムとして成立していた理由があるんだわ。そこには、良くも悪くも「時代」という背景があったんだて。
終身雇用と年功序列が「我慢」の担保だった
昭和の企業、そして俺たちが社会に出た頃の企業は、基本的に「一度入社したら定年まで勤め上げる」というのが大前提だった。
これがどういうことかと言うと、一種の「長期的な契約」が成立しとったんだわ。
若い頃の苦労は貯金(我慢料)
若いうちは給料が安くても、雑用ばかりでも、理不尽に怒鳴られても、「今は修行期間」と割り切れた。
年齢とともに自動的に昇給
長く耐えれば、能力が多少アレでも、係長、課長と上がっていけた時代があった。
退職金と年金で老後は安泰
「終わり」が見えていたから、途中の地獄も耐えられた。
つまり、今がつらくても、将来必ず報われるという設計図が社会全体で共有されとったんだわ。
そのため、多少の理不尽や月100時間を超えるような長時間労働があっても、
「石の上にも三年」
「若い時の苦労は買ってでもせよ」
「そのうち楽になる」
という理屈が、一応は通っていた。これが「昭和のブラック」が成立していた最大の理由だて。
今はどうだ? 終身雇用なんて崩壊して、退職金も怪しい。我だけさせて見返りがないなら、そりゃ今の若い子が「割に合わない」と感じるのは当然だわな。
会社=家族という「ウェット」な価値観
昭和の企業では、会社は単なる労働の場所じゃなく、「生活の中心」であり「第二の家族」だった。
上司は親父、先輩は兄貴
会社は社員の生活丸ごと面倒を見る場所
プライベートより仕事(という名の付き合い)が優先
今では「プライバシーの侵害だ!」と言われるかもしれんけど、当時はこれが当たり前。
俺の会社でも、昔は上司が部下の結婚相手を世話したり、借金の相談に乗ったりしとったもんらしい。
もちろん、この「家族主義」には問題も多かった。公私の区別がないし、逃げ場もない。
だけど、会社側も「社員を簡単には切らない」「無能でも窓際で飼っておく」という、ある種の温情(という名の非効率)があった点は見逃せん。
パワハラが「愛のムチ」として許容されていた時代
怒鳴る、叱る、詰める、時には手が出る。
今なら即アウト、SNSで拡散されて炎上必至な行為も、昭和では「愛のムチ」「指導」として美化されとった。
理不尽ではあっても、そこには奇妙な信頼関係みたいなもんがあったんだわ。
上司が最終的な責任を取る
「俺が責任持つからやってみろ!」という豪快な上司がいた。
怒鳴った後は飲み屋で奢る
「今日は言い過ぎたな、飲むぞ!」でリセット(された気になる)。
最後は会社が守ってくれる
どんなに無茶をさせても、路頭に迷わせることはしないという暗黙の了解。
つまり、ブラックであっても「筋(スジ)」のようなものは通っていたとも言える。
「お前のためを思って」という言葉に、今の100倍くらいの重みと、ある程度の実体が伴っていた時代だったんだて。
令和のブラック企業が厄介すぎる理由とは?

ここからが本題だて。コーヒーのおかわりはいいか?
令和のブラック企業は、昭和のそれとは性質がまったく違う。まるで、見た目は普通のキノコなのに、食べたら猛毒……みたいな怖さがあるんだわ。
表面上は「ホワイト」に見える擬態能力
令和のブラック企業、俺はこれを「ステルス・ブラック」と呼んどるけど、次のような特徴を持っとる。求人票やホームページを見ただけじゃ、絶対に見抜けんのよ。
残業時間は数字上少ない
PCのログは定時で切れる。でも仕事量は変わらない。結果、「持ち帰り残業」や「隠れ残業」が増えるだけ。
「パワハラ禁止」を声高に掲げている
大声で怒鳴る上司はいない。その代わり、笑顔で無理難題を押し付けるサイコパス系上司が増えた。
風通しが良い、フラットな組織
「上司」ではなく「さん付け」で呼ぶ。でも、責任の所在だけは曖昧で、何かあると個人のせいにされる。
「自由」「裁量」「成長」というキラキラワード
これが一番の罠だて。「君に任せるよ」は「丸投げするよ」の同義語だったりする。
一見すると、かなり良さそうに見える。オフィスも綺麗で、フリーアドレスで、コーヒーサーバーもあったりしてな。
しかし、問題は「中身」だて。皮を剥いたら中身が腐ってるミカンのようなもんわ。
「自己責任」という名の強烈な圧力
令和型ブラックの本質は、すべてを個人の責任に帰結させる「論理的な冷徹さ」にある。
成果が出ないのは、君の努力(工夫)不足
評価が低いのは、君のスタンスの問題
成長できないのは、君の意識(マインド)が低いから
表面上は優しく、理論的で、反論できないくらい「正しそう」に聞こえる言葉で詰めてくる。
これを言われると、真面目な人ほど「そうか、自分が悪いんだ」と思い込んでしまうんだわ。
でも実際には、構造的な欠陥があることが多い。
リソース(人・金・時間)が圧倒的に足りない
具体的な教育もフォローもないのに「裁量」だけ渡される
失敗した時のセーフティネットがない
「泳ぎ方は教えないけど、海に飛び込んで自由に泳いでね。溺れたら君の筋力不足だよ」って言ってるようなもんだて。これでいいんだて? 良くないに決まっとるわ!
「自分が悪い」と思わせるガスライティング的仕組み
昭和のブラック企業は「会社が悪い!」「上司がクソだ!」と、敵が明確だった。だから社員同士で愚痴を言い合って、団結して耐えることができた。
でも令和のブラック企業は違う。
上司は丁寧な言葉(敬語)を使う
制度やマニュアルは一応整っている
注意や指導もロジカルで感情的ではない
だからこそ、社員はこう思ってしまう。
「環境は整っているのに成果が出せないのは、自分の能力が低いせいだ」
「上司は正論を言っている。ダメなのは自分だ」
「ここで逃げたら、どこに行っても通用しない」
この「自責思考の強制」こそが、令和ブラック最大の特徴であり、最も恐ろしい点だて。
心理学でいう「ガスライティング」に近いかもしれん。じわじわと自信を奪われ、正常な判断ができなくなっていくんだわ。
昭和ブラックと令和ブラックの決定的な違い【比較表】

ここで一度、俺の独断と偏見も交えて、両者の違いを表にまとめてみたで。これを頭に入れておくと、今の職場のおかしさに気づけるかもしれん。
| 項目 | 昭和型ブラック(オラオラ系) | 令和型ブラック(意識高い系) |
| 支配の方法 | 怒鳴る・暴力・威圧 | 評価制度・数字・KPI・言語化 |
| 責任の所在 | 「連帯責任」または上司が被る | 「自己責任」個人のスキル不足 |
| 労働時間 | 物理的に帰れない(24時間戦えますか) | 記録に残らない(時短ハラスメント) |
| 人間関係 | 濃すぎる(飲み会強制・社員旅行) | 希薄すぎる(ドライ・孤立) |
| 辞める時 | 「裏切り者!」と罵倒される | 「他でも通用しないよ?」と諭される |
| 洗脳ワード | 「根性」「気合」「男ならやれ」 | 「成長」「市場価値」「コミット」 |
| 精神的ダメージ | 怒り・反発(会社への憎悪) | 罪悪感・自己否定(自分への絶望) |
| 発見難易度 | 低い(誰が見てもヤバイ) | 非常に高い(中は地獄、外は天国) |
昭和のブラックは「分かりやすく黒」。
令和のブラックは「グレーに見せかけた漆黒」。
この違い、わかるか?
昭和型は「体」を壊しやすいけど、令和型は「心」を完全に壊しに来るんだわ。
なぜ令和のブラック企業は人を壊しやすいのか?

理由はシンプルだけど、深刻だて。
① 逃げることに罪悪感を持たせる罠
「ここは君が成長できる最高のステージだ」
「今の壁を乗り越えないと、どこに行っても同じだ」
こうした言葉で、退職=「逃げ」=「人生の敗北」という認識を植え付けてくる。
特に、真面目で責任感の強い人ほど、この呪縛にかかりやすい。
「おじさんたちの味方のFLUORO」として言わせてもらうけど、逃げるのは戦略的撤退だて!負けじゃない!
② 周囲も同じ価値観に染まっている同調圧力
周りの同僚も、同じように「自己責任教」の信者になっている場合が多い。
相談しても、
「みんな数字目標はキツイよ?」
「それは工夫が足りないんじゃない?」
なんて返されると、もう誰にも相談できなくなる。孤独感が精神を蝕んでいくんだわ。
③ 壊れるまで気づけない「ゆでガエル」現象
体調不良、うつ症状、朝起きられない、駅のホームで涙が出る……。
そんな状態になって初めて、「あれ、これっておかしかったんじゃ?」と気づくケースが後を絶たん。
昭和型なら「上司に殴られた」時点で「おかしい!」と分かるけど、令和型は「自分の無能さ」に悩んでいるうちに、心がポッキリ折れてしまうんだて。
じゃあ、どうすればいいのか?おじさん流・身を守る3つの極意

ここまで読んで、「もしかしてウチの会社も……」と青ざめている白髪混じりのお友達もおるかもしれん。
でも大丈夫だて。対処法はある。18年生き残ってきた俺が教える「護身術」だわ。
極意1:「違和感」を信じること
一番大切なのはこれ。
「会社や上司の言ってることは正しい気がするけど、なんかモヤモヤする」
「毎日が辛くて、笑えなくなってきた」
この直感は、だいたい正しい。
令和のブラック企業は、「違和感を感じる感覚」を麻痺させるのが得意だ。
「自分が弱いからだ」なんて思わんでいい。
俺たちが若い頃、理不尽な上司に「あいつバカだ」って陰口叩いてた、あの感覚を取り戻すんだて!
極意2:客観的な指標でセルフチェックする
感情論じゃなく、数字や事実で現状を見つめ直してみよう。
給料と労働時間(持ち帰り含む)は見合っているか?
業務量に対して、適切な権限や人員は配置されているか?
上司は「精神論」や「カタカナ語」ばかりで、具体的な解決策を出しているか?
過去1年で、同じ部署の人が何人辞めたか?
特に離職率は正直だて。人が居着かない職場は、理由がどうあれ「何かがある」場所だわ。
極意3:社外の「物差し」を持つ
会社の中だけにいると、その会社の「常識」が「世界の常識」だと思い込まされる。これこそが洗脳の第一歩だ。
だから、会社の外に繋がりを持つことが重要だて。
昔の友人と飲む
趣味のコミュニティに参加する(俺ならブログ仲間だな)
転職エージェントに登録だけして、自分の「市場価値」を客観的に聞く
「あ、ウチの会社、やっぱおかしいわ」と気づける場所を確保しておくこと。これが心の命綱になる。
まとめ:昭和よりも、令和のほうが危険な場合もある

今日はちょっとシビアな話をしたけど、どうだったかな?
昭和のブラック企業は、「つらいけど分かりやすい」敵だった。
ドラクエで言えば、見た目からして強そうで凶悪なモンスターだ。だから逃げるか戦うか、判断しやすかった。
一方で令和のブラック企業は、
優しい顔をして
正しい言葉を使い
自己責任という鎖で縛る
見た目は村人なのに、話しかけたら毒を盛ってくるような、非常に巧妙で静かに人を壊す存在だて。
だからこそ大切なのは、
「この会社、おかしくない?」
と感じた自分自身の感覚を、絶対に否定しないこと。
あなたが弱いわけでも、甘いわけでもない。
ただ、環境という名の土壌が合っていないだけかもしれん。腐った土壌で花は咲かんて。
もし今、この記事を読んで心がザワザワしているなら、それは「環境を変えるサイン」かもしれんよ。
人生、まだまだこれからだわ!
会社のために自分を犠牲にするなんて、そんな馬鹿なことはしんでいい。
オカア(妻)や子供たち、そして何より自分自身のために、賢く、したたかに生きていこうまい。
おじさんたちの味方のFLUOROも、ブラック企業の荒波の中でこれからも頑張るで、みんなも無理せず、でも華麗に頑張ってちょーだい!
応援しとるでね!


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